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2012年ポルトガル旅行記~プロローグ~

ふー。
やっと写真のUPが終わったし、そろそろ書こうかな。

ということで!
2012年11月のポルトガル旅行記のはじまりはじまり~!!

ポルトガルはねぇ、本当に楽しかったですよ。
・マイナー国であまり知られていない、自分だけが良さを知ってる特別感
・温暖で11月でも南の方はあったかい
・ヨーロッパでは有名観光地なのでホテルや交通が発達してて旅行しやすい
・外務省ホームページの注意喚起でも「スリに気をつけましょう」レベルという治安の良さ
・まったりほのぼの素朴な雰囲気
・ご飯うまー。海の幸山の幸、甘いお菓子にお酒、なんでも美味しい
・14世紀には世界の覇権をとっただけある重厚な歴史的建築物、ローマの遺跡、歴史好きにはたまらん雰囲気
・海からいきなり盛り上がる丘地帯に街を立ててるので坂道がきついけど景色最高
・物価やっす!!

とね!
挙げてはキリが無いくらい良いところでしたよ。もう大好き。
また行きたいなぁ。

日程は、11月2日(金)夜関空発~イスタンブール乗り換え3日リスボン着 → 11月9日(金)リスボン発イスタンブール乗り換え10日関空着。
飛行機はトルコ航空。9月半ばに手配して、手数料燃油サーチャージもろもろ含めて128,310円でした。
2週間早ければ2万くらい安くできたけど、もたもたしてるうちに(トルコやスペインもついでに行こうかとか悩んでるうちに)跳ね上がってしまった・・・。

今回は出費をほぼ全部記録することに成功したんですよ。
毎回気持ちだけはあったけど途中で忘れて放置してたんですが、奇跡的に今回最後まで覚えておけた。
なのでざっくりと使ったお金も紹介っていうか記録残しつつ書いていきたいと思います。

では!まずはポルトガルの地図ね!


より大きな地図で ポルトガル全図 を表示

ポルトガルってそもそもどこにある国なの?
→スペインのお隣です。

いやもう会社でこれ聞かれたときはさすがにショックでした(笑)
スペイン・ポルトガルって結構セット扱いで出てくると思うんだけど・・・。
一瞬とはいえ世界の覇権を握ったこともあるのに。

まぁ場所はここです。
で、行った地域をざっくり目印つけてみたんですが、どうやこの縦横無尽っぷり!!
正味6日でここまでうろうろしまくったのはかなり頑張ったろ!!

さぁここでポルトガルの基礎知識をタカノと一緒に勉強しましょう。
ポルトガルは、地域的には南部・中部・北部に分かれます。
南部の中心都市は、言わずとしれた政都リスボン。日本で言う東京。
中部の中心都市は学都コインブラ。日本で言う名古屋。
北部の中心都市は商都ポルト。日本で言う大阪。
「日本で言う」イメージそのままなので覚えやすいね。
言語はポルトガル語。植民地時代の名残で全世界で話されています。筆頭はブラジルとか。
事前に知ってたのは気軽な挨拶「オラ!」と、ありがとう「オブリガード/オブリガーダ」のみ。
気候は温暖で過ごしやすい気候。冬は東京より暖かく、夏は東京より涼しい天国。
でも日本と同じで縦に長い、また海と山が両方あるので、地域によって気候に差があります。
日本との歴史的縁も深い。織田信長時代の、いわゆる南蛮貿易の相手国はポルトガルです。
天ぷら、カステラ、火縄銃と、ポルトガルが日本に持ち込んだものは数知れず。
みんな知ってるザビエルさんもポルトガル人ですよ。
なのであの辺の南蛮文化にロマンチシズムを感じる人は、ポルトガルの文化芸術はストライクだと思います。
タカノは戦国時代はからっきしダメだけど、あのビロードにふわふわの白襟みたいな雰囲気が大好きなので、それが今でもどことなく感じられるポルトガル文化にはメロメロになりました。

最後にざっとポルトガル史。
イベリア半島は1000年くらいまでスペインと一緒くたですので、まずローマの支配→西ゴート王国→イスラム支配→レコンキスタの流れ。
ポルトガルが独自色を出すのはここからで、レコンキスタの結果できたポルトゥカーレ伯領が独立してポルトガルになります。
そして13世紀にレコンキスタが完全完了すると、わーいイスラムに邪魔されず自由に船で行き来できる!とテンションの上がったヨーロッパの北海周辺と地中海周辺を結ぶ中継地として重要な役割を果たし、一気に商業が盛んになります。
エンリケ航海王子という海が大好きなロマンの男が現れたこともあり、彼をパトロンとしてガンガン外洋へ進出。
喜望峰到達でアフリカ航路開拓、ヴァスコ・ダ・ガマがインド航路開拓。
大航海時代を切り開き、東方貿易大いに栄え、日本にもちょくちょく顔を出します。
最終的にブラジルに到達、世界各所に植民地を持つポルトガル海上帝国として最盛期を迎えます。
その後イギリスやオランダなどの後乗り組にお株を奪われ一時衰退するも、ブラジルに全力を注いだ結果再度経済的に潤います。
しかしその後ブラジルの旨みがなくなり始めじわじわ衰退。
決定的となったのがナポレオンのクソ野郎が攻めてきて首都陥落、「ブラジルの植民地」と言われるほど没落してしまう。
ぐだぐだしてる間に最大の植民地ブラジルに独立され完全に骨抜きに。
その流れで王政から共和制へ移行、第1次世界大戦は連合側で無難に参加、大恐慌でただでさえギリギリだった経済が大打撃。
お隣スペインの真似をして?サラザール独裁政権となり、第二次世界大戦では体制の似てる枢軸側っぽくみせかけて連合側に愛想を振りまくという日和見中立外交でなんとか切り抜ける。
しかしその後も経済はどん底。
戦後の植民地独立ブームに逆らい、残り少ない植民地を手放したくないと粘った末の血みどろ独立戦争のせいで本国経済も立ちゆかない事態となったうえ、アンゴラやティモールなどに紛争の種をまく。
いい加減独裁政権が時代遅れとなったところでカーネーション革命と呼ばれる無血クーデターを成功させ民主化、植民地を全て独立させて、名実ともに帝国終了。
その後ECに加盟、ECから援助を受けつつ堅実経営で財政も持ち直し、90年代から近代的な発展をみせ地味に好景気に突入。
しかし2000年代から地味に国外貿易の赤字幅が増え初め、2008年以降のユーロ金融不安の影響を地味に受けた結果、ギリシャアイルランドに次いで地味にIMFのお世話になることに。
しかし他二カ国のような巨額の損失は無いため、完全ギリシャ化は避けられるだろうと専門家からも地味な評価を受けており、IMF卒業に向け現在地味に頑張っているところです。

まとめると、生まれてから最盛期まではノリノリ大暴れ→その後没落の一途、一時は貧困極まる→最近持ち直して中堅国家として地味に頑張っている、という流れ。
この流れを頭に入れて行ったからか、リスボンの雰囲気とか、マジでそのへんがイイ感じに融和してて、かなり独特な空気感がありました。
詳しくはまた書きます。

さて、渡葡前のタカノのポルトガル知識はこんなところでした。(出典:地球の歩き方)
出発前、こういうの調べてたらもうワクワクマックスで爆発しそうになるよね!
それではやっと!本編に入ります、と思ったけど長すぎるので今回は序章扱いで。
次から旅行記に入ります。
終わるのいつになるんやこれ・・・。

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