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函館旅行2008年3月

果てしなく今更ですが…。
2008年3月の函館旅行の旅行記です。
やっと救出できたんだぜ…。
実は引っ越しの際パソコンを新調したんですが、函館で撮った写真を古いパソコンの中に入れてましてね。
引っ越し後、しばらく放置、久しぶりに起動させると、うんともすんとも動かないという。
メモリーカードにも入ってるはずなんですが、引っ越しのごたごたで行方不明。
他はともかく京都と函館の写真だけは…!
パソコン修理に出さないとと思い、早数年…月日が経つのは早いですね…。

しかしこの度、時野咲希さんが函館に行かれるということで!
記事を読んでいくうちに思い出がよみがえり、今までに無い情熱で旧パソコンをいじくってみると、結構あっさり救出できました。
何事もやる気次第ってことですね。

今更なので、画像が主で、ちょこっとコメント程度に書いてみようと思います。
でも結構覚えてるもんですね。
印象に残る体験って記憶の残りもいいんだなぁと思いました。

大学最後の春休み、あと数週間で実家を離れ、社会に出る予定のタカノリノ。
学生生活最後の思い出作りもやっぱり一人ぼっちwですが、めちゃくちゃ楽しかった函館旅行です。

以下、時野さんに捧ぐ!(笑)
でも写真満載なので、ネタバレ?避けたかったら見ないでくださいw




より大きな地図で 函館 を表示
まず、当時のタカノにとって(今でもそうですが)、「函館」という土地はものすごい憧れの対象でした。
だって土方さんが散った場所だもんね…。
「ハコダテ」と聞くだけで心臓がどくどく速くなるレベルで、期待も半端じゃありませんでした。
こんな状態で羽田から函館行きのエアドゥに乗ったもんですから、それはもう大騒ぎですよ心の中で。

「この飛行機は、羽田発函館行き…」
ドキィ!
「函館空港到着時間は…」
ドキィ!
「ただいまの函館の天気は…」
ドキィ!

「函館」という単語が耳に入る度にこの騒ぎ、このままじゃ心臓が持たないんじゃ…と半ば本気で心配しつつ、函館に向かって飛び立ちました。

無事函館に着き、函館空港の外に出て、まず「寒さが違う」。
どう違うか、言葉に言い表しにくいんですが、たとえると冷蔵庫の中みたいなひんやり感。
「肌を刺す寒さ」ではなくて「骨を冷凍されそうな寒さ」。
さっむーい!と凍えるわけじゃなく、一瞬はあまり寒くない?と思うんですが、しばらく外に出ていると、じんわり頭痛がしてきだすっていう。
湿度とかが違うんですかね?
経験したことのない気候で、遠くに来たんだなと実感しました。

函館に着いたのは夕方で、もう太陽が西に傾いていました。
時間の節約でここはタクシーに乗って、最初の観光地に向かいます。

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土方・啄木浪漫館。
土方歳三と石川啄木という、函館にゆかりのある二人の記念館です。
博物館や資料館ではなくあくまで記念館なので、資料的に価値のあるものはあまりありません。
例えば刀だったら、土方さんの愛刀のレプリカと、同じ刀匠の別の刀の展示、みたいなかんじです。
でも土方さんや箱舘戦争当時の情報がパネル展示されていて、目新しさは無いながらも「いよいよやってきた!」感がわいてきましたw
啄木の方は全然知らないことばかりで面白かったです。

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石川啄木の像。
啄木は一時期函館に住んでおり、遺骨も函館にあります。最終日にお墓に行きました。

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大森浜。北国の海に感動です。
ここでしばらく波打ち際→きゃっ冷たーい!と遊んでました。
我に返って死にたくなるね。

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バスに乗って、JR函館駅、ここから徒歩で函館の夜を楽しみます。
まず腹ごしらえ。
赤レンガで有名な金森倉庫です。
こういう建物大好きなので、写真撮りまくりました。
白熱灯がいい味だしてます。

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イルミネーションがキレイです。
この近くで結婚式(の二次会?)があってるらしく、人がけっこういました。

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赤レンガ倉庫を改装したレストランに入りました。
内装も超オシャレ!むき出しのレンガが素敵です。

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「金森オムライス」を注文。
味は、「金森(で食べる)オムライス」(つまりごく普通のry)でしたw
でも雰囲気が素敵なので満足でした。

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お腹いっぱいになって、函館の街を歩きます。
あっちこっちにタカノ好みの素敵建物があるので目移りしまくるw
ライトアップが美しすぎます。

きつい坂道を登って、函館の観光の目玉、函館夜景を見るため函館山ケーブルに乗ります。

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じゃーん!!
キレイってもんじゃなかった。
うわあああおおおおおおお!!!!!!!ってかんじでした。
美しすぎる。
ただのライトじゃなくて、白熱灯の多い函館の街ならではの、100万ドルの夜景です。
こりゃ名所にもなるわぁ。あと夜景の形が面白いですね。くびれがあって。
何時間でも見ていたい景色ですが、そうもいきません。
何しろ寒い。風がやばい。北海道の冬の夜の山の上ですからね。そりゃ寒いわ。
ちょっと外に出て、景色に感動し、寒さで頭がガンガンし出して中に入り、暖まってしばらくして再チャレンジ…というのを繰り返しました。
でもその価値ある美しさだよ。これは。
それから、もう一つの意味でも寒いです。
こっちは心が。うん、そうだよね、これだけの綺麗な夜景、彼氏と来たいよね。
周りは完全にカップル、たまに家族連れというアウェイぶり。
まだ人がばらけている山頂は耐えられますが、ケーブルに乗ってる最中は、さすがのタカノもくじけそうになりました(笑)

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さて、函館の最初のメインイベントも無事終了し、ホテルに向かいます。
予約していたホテルが旧市街だったので、近そうな名所を回って帰りました。
後日昼間にも行きますが、夜はライトアップが本当に綺麗で、行ってよかったです。
下見にもなったので、昼間に回った際は、比較的スムーズに移動できました。
写真は聖ヨハネ教会。

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ハリストス正教会。

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カトリック元町教会。

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旧公会堂。

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旧公会堂近くのレンガの建物(なんだそれ)

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旧イギリス領事館。

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相馬株式会社。

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なんだったかな…。
でも、ガイドブックに載っているような有名な建物ではなくても、そこらにこういう建物が建ってるのが函館のすごいところ。


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タカノが泊まったホテルです。
外観に一目惚れして決めましたが、値段もシーズンオフ連泊で割り引きが効いて安め、旧市街にあって観光に便利、路面電車の駅が近いので移動も楽という、良いことづくめのホテルでした。
次ぎ行くときもここにしたいな。

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歴史的建築物を改装したホテルですが、ロビーは夜になるとバーになります。
さすがに一人でバーに行く勇気はありませんでしたが、もう少し大人になったら行きたいなと思いました。
今でもちょっと無理ですが…w
この内装がまた格好良くてね…。タカノの好みにドンぴしゃの素敵ホテルです。

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部屋は超狭いです。
びっくりするぐらいです。
シングルベッドと机がぎりぎり入ってるくらい…w
写真でわかるかなーと思いますが、この窓、二重窓なんですよ。さっすが北海道!と感動でした。
このレトロ感がたまらない…!

さて二日目、本日は土方さんにどっぷり浸かる日です。
まずは、五稜郭。 

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五稜郭タワーに上ります。
エレベーターで上りますが、久しぶりにエレガに合った(笑)
いいなぁ、なりたかったよエレガ。

五稜郭タワーでは、五稜郭が出来てからの歴史が、ミニチュアやパネルで展示されていました。
土方さんのミニチュアもあって、格好良かったです。
タワーからは五稜郭が一望できます。
本当に星型なんだ!形は可愛いよね(笑)
しかしこの形は、理論的に防衛力を重視した結果の形なんですよね。

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左側。

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右側。
どう頑張っても全景が入らなかった…。
これ以上後ろに下がったら、床に隠れるんですよ…。

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反対側は函館市内が一望できます。
正面の山が函館山。昨日登ったよ!
弁天台場も見える…。
やっぱり距離感とか、感動しますね。実際に見ると。
ああ、土方さんはここからあそこに行こうとしてあの辺で…(涙目)

五稜郭タワーには、お土産屋さんや軽食屋さんもあります。
写真はありませんが、ここで昼ご飯を食べました。
その名も「五稜郭カレー」。
昨日の金森オムライスと同じく、「五稜郭(で食べる)カレー」だろと思って食べたんですが、これが、超美味しかった。
なにこれ…ビーフがとろける…ルーも濃厚で美味しい超美味しい…。
お値段はちょっと高めだったけど、十分に満足だった!
ちなみにそこのカレー屋さんは、函館でも有名な、明治か大正からある高級老舗洋食店の支店だそうで、ロシア料理が専門だとか。(ドレスコードがあるレベル)
どうりで美味しいはずだよ…。
思わぬところで本格カレーを食べられて満足しつつ、地上に降ります。

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いざ五稜郭へ!

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全景を見るとわかるかと思いますが、五稜郭は水路で囲まれているため、入り口はここの他二つしかありません。
さすがの要塞です。
つまり。すなわち。
土方さんは、確実に、ここ、この場所に立ち、この橋を渡ったことがあると、そういうことですよね!!!!!!

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五稜郭は箱舘戦争の際に砲撃をくらいまくった上に、明治政府が主な建物を解体してしまったので、当時の建物はほぼ残っていません。
そんな中、唯一当時からある建物が、この兵糧庫です。
土方さんも来たかもしれない。
ていうか来てるはず。ぜったいに。

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兵糧庫の前には、箱舘戦争に実際に使用された大砲が展示してあります。
ごっつくて大きいですが、やっぱり今のと比べると、製鉄技術の進化はパネェなと思います。

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さて。
五稜郭の土塁の上を歩きます。
五稜郭は中に入るだけならタダなので(タワーとかに登るとお金かかる)、市民が犬の散歩やウォーキングをしてたりします。
なんて羨ましいんだ函館市民…。

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タワー方面。
遠目にもなかなかオシャレな形をしてますよね。
地上に降りてみたら、五稜郭の大きさがよくわかります。

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土まんじゅう。
このただの土の山盛りを撮ったのにはわけがあり、箱舘戦争の旧幕府側戦死者の多くは、ここに埋められたとの記録が残っているからです。
つまり、このどこかに土方さんが眠っている可能性が非常に高い。
土方さんが戦死したのは、一本木関門と通説では言われていますが、諸説あってはっきりしません。
しかしいずれにせよ、五稜郭の外に出て行って戦死したのはたしかです。
そして当時の概念からして、大将クラスの人物が戦死後その場に放置ってことはまずありえない。
放置=新政府軍の手に落ちたなら、その記録が残っているでしょうし、近藤さんのように晒されていた可能性も大きいでしょう。
誰の死体かわからなかったってこともないだろうし。
新政府軍に記録が無いということは、箱舘政府軍が持ち去ったということであり、持って帰るなら、まだ敵の手に落ちていなかった五稜郭の可能性が非常に高いです。
いくつかの文献にも「土方歳三は五稜郭に埋蔵された」と書かれているし、五稜郭のどこかに葬られたってのは間違いないだろうなとタカノ的には思います。
で、この土まんじゅうなんですが。
予想外にあちこちにあるんですが。
どの土まんじゅうのことなのかわからねー…。
はたまたどの土まんじゅうにも戦没者が埋葬されているのかもしれません。
土まんじゅうを見かけるたびに手を合わせてきました。

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あとこの坂道もあちこちにあります。
土まんじゅうといつもセットになっているのはなんでだろう。
坂道の存在理由は、砲台や台車の通り道ってことですが、もしかして、荷台に戦死者を乗せて運ぶ→近場に埋葬ってことなのかな…。

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信憑性がちょっと薄いのですが、五稜郭内での土方さんの埋葬場所の一説がここです。(右側奥)
「五稜郭南西、一本松の土饅頭」説。
・幕臣伊庭八郎の埋葬地について「土方歳三の隣に葬られた」と、関係者が語った。
・一本松の合葬地に伊庭八郎が葬られたとの記録がある。
つまり、土方さんの埋葬地もここ。
今は事務所の裏手となっており、近くには木材やらホースやらビニールやらが積み上げられた、完全な物置です。
これにはびっくりしました。
学術的には信憑性が低いとはいえ、土方歳三好きにとってはかなり有名な説だし、知名度もそれなりだと思ってたのに、説明の立て札も無いどころか、物置て…w
写真、ちょっとわかりにくいですが、正面の写真がなぜかUPできないので、これで代替します…。

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子供たちがサッカーしてました。
今は市民の憩いの場になってるんですね。

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要塞っぽい写真をいくつか。

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石塁が綺麗に並んでます。

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結局2周しました。結構な距離があるんだぜ…。
奉行所が復元中だったのだけが心残り。
完成したら、絶対来るよ!と誓ったのが昨日のことのようなのに…。
いつ行こうかなぁ。
次はできれば5月に行きたいんですよ。
土方さんの命日付近に。
せめて、次ぎはもうちょっと彩りの良い季節に行きたいな(笑)

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土方さん像ですが、完全に逆光です。
もう少し若々しくてもいいんじゃないかなと思った。

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函館駅方面に戻ります。
もう夕方。
今日は一日五稜郭で潰したよ…。
こちらは途中のスポーツ公園です。
なんの変哲もない公園ですが、箱舘戦争の跡地でもあります。
中島親子が守備をしていた千代ヶ岡陣屋。
…だと思うんですが、位置がいまいち自信ない。たぶんここだと思うんですけど。
そして土方さんもきっとここで休憩したりしたに違いないと思うんだけど。

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JR函館駅近く、土方さんが銃弾に倒れたと言われる、一本木関門です。
現在、関門が復元され、土方さんの記念碑もありました。
諸説あるとはいえ、土方さんの最期に思いを馳せるのに、これほどぴったりの場所は無い。
近くのベンチで一時間以上ぼーっとしてました。テラ不審者。

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綺麗に掃除がされていて、常に誰かが手入れしてるんだなというのがよくわかります。
もう、ここまで来たら、感動とかを超越して、何も考えられず…。
とにかくボケーッとしてました。(どんだけ)

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木製の立て札もありました。
函館市グッジョブ!

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五稜郭→千代ヶ岡陣屋→一本木関門ときたら、次ぎは弁天台場に行くしかない。
そう思って路面電車に乗り、弁天台場跡に向かいました。
着いた頃にはもう真っ暗。
場所は函館ドックがあった場所で、既に埋め立てられてます。
なので、写真の木製の柱でしか当時の場所を窺い知ることはできません。
しかし、ここに新選組が立てこもり、最後の決戦を戦ったかと思うと…。
この日は、箱舘戦争に思いを馳せすぎて、このまま函館湾に沈めそうな気分でした。

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函館ドック入り口。
弁天台場の木柱は、この入り口のすぐ近くにあります。
真っ暗で…怖いってもんじゃねーぞ!

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プレートが格好良かったので撮ってみた。
調べてみると、函館どつく株式会社は、旧名「函館ドック株式会社」だったのを社名変更したんですね。
名前のセンスいいよなぁ。どつくいいよどつく。

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お向かいは倉庫?かな、レンガ造りの素敵建物…のはずですが、雰囲気ありすぎで超怖いです。
この辺は電灯も少なくて、本当に真っ暗です。次ぎ行くときは昼間にしよう…。
ちなみに調べていたら、2009年に函館ドックから出火騒ぎがあったようで、「レンガ造平屋建ての工場1棟約530平方mが全焼した」とのこと。
…もしやここか?でも「敷地内の倉庫」だから違うかな。
いずれにせよ、レンガ造りの建物は大好きです。もう燃えないよう気をつけてくれ…。

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路面電車で帰ろうかと思ったけど、あちこちライトアップしてるのがキレイすぎて乗れないw
結局歩いて帰りましたw函館素敵だよ函館。

さて3日目。
本日は、やっとまとも?な函館観光名所を巡ります。
旧市街をうろうろと。
ずっと気になってた素敵建物もじっくり回ろうと思うのでたのしみ。

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さてこちら、相馬株式会社の社屋です。
目の覚めるようなグリーンの外壁が目立ちまくりの上、旧公会堂からズドーンと坂を下ったところにあるので、簡単に見つけられます。
この、造りは洋風、でも瓦屋根ってのが、明治浪漫っぽくて本当に好きだ。
さらにこの建物は、土方ファンの間でも重要な目印になってまして…

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こちらが、「万屋丁サ」があった場所。
上の相馬㈱の隣の隣くらいのところです。
「丁サ」とは、函館市街警備の活動拠点で、土方さんがこの「丁サ」に泊まっていたことは、中島登覚書に記述があるそうです。
土方さんは、確実にこの場所に立っていたことがある、そう思えるだけでもどれだけ嬉しいか…。
ちなみに、丁サについてはコチラのサイト様が詳しいのでどうぞ。
函館旅行にあたり、かなり参考にさせていただいたサイト様です。ありがとうございました!

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太刀川家。国の重要文化財に指定されています。
ほんとにね。好きすぎるんですけどこういう建物。明治浪漫バンザイ。

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ペリー会見所跡。
ペリーがもぎ取った日米和親条約には下田と函館の開港が含まれていましたが、ペリーは横浜での会見後、下田と函館に寄って帰ったそうで、その函館来港時の会見場所がこちらです。
他にもペリーに関係する史跡はけっこうありました。

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外国人墓地に向かう途中で、神社を発見。厳島神社です。

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結構な坂道を上り、やっと着いた!高龍寺です。
函館で最も古い寺院。
大火により移転しつつも、300年以上の歴史があります。

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彫刻が凄すぎる…!
口をあんぐり開けて見てました。
頭上にあるので見てると首が痛くなる…w

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こちらが本院です。が。
木製の覆いに囲われて見えないw涙目w
雪国北海道の本気を感じました。
扉を開けると中に普通に入れます。
ちゃんとお参りもできました。
この他にも、民家の玄関が二重扉になっていたりして、雪国は大変だなぁと思いました。

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こちら、「傷心惨目の碑」。
この高龍寺は箱舘戦争の際野戦病院となりました。(その時は弁天町にありましたが)
そこで治療を受けていた会津藩士が惨殺されるという事件が起こり、その魂を供養するため、この碑が建てられました。

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外国人墓地に到着!
この外国人墓地は、ペリーの随行員から始まり、開国当初から多くの外国人が弔われてきました。
何より興味深いのは、イギリス(プロテスタント)、ロシア(ロシア正教)、フランス(カトリック)、中国と、異なる国、異なる宗教の墓地が隣り合わせになっているところです。
一緒くたになっているわけではないんですが、仲が良いわけでもない宗教同士が隣合わせって…。
普通なら離れた土地を紹介しそうなものですが…w
しかし、そのへんの無頓着さ、こまけーことは気にすんな!なかんじが逆に日本らしいです。
ここには、外国人しか弔われてないのかと思ったら、日本人のお墓も結構ありました。
日本人のクリスチャンの方などですね。
これが、日本風の墓石に「パウロ~~」と洗礼名を書いてあったりして、ものすごく…日本らしいです。
とにかく、宗教が違えど、同じ場所に仲良く?弔われている光景は、早くに開港した函館ならではの光景で、ほほえまし(と言ったら語弊があるかな)かったです。
紹介看板の一文に「故郷からはるか異国に倒れた外国人も、安らかに眠っているでしょう」という一文があって、うるっときてしまいました。

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高台にある外国人墓地からは海が良く見えます。
ここに眠っている人々も、良い景色が見えて嬉しいだろうなと思いました。

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称名寺。
ここは土方ファンにとって外せない場所。
土方さんの墓碑があります。
日野のお寺の過去帳にも「箱舘の称名寺に墓碑を建てた」とあるので間違いない。のですが、数度の大火に見舞われ、当時のものは現存していません。
今あるものは、後に有志が建てたものです。
しょっちゅう大火に見舞われるので、このお寺自体も鉄筋コンクリートでできています。
…始めて見たよ、鉄コンの寺院。
この日、やけにお墓参りの方が多くて、なぜだ…と疑問だったんですが、丁度お彼岸でした。

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こちらが土方さんの墓碑です。
「歳進院殿誠山義豊大居士」と戒名が刻まれています。
生けられたばかりのお花が綺麗。
お寺の方なのかファンなのか関係者なのかわかりませんが、大切にされているのが伝わります。
今度来るときは私も小さな花束持って来よう。

DSC00261_R.jpg
よーく見ると、下の方に4人の隊士の名前が刻まれています。
一番右…野村さん…よかったね…土方さんと同じ墓碑に…良かったね…。
正直泣いたwもう助けてw昨日からまぶたの腫れがひく暇がないww

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ひとしきり浸った後、細々した場所をチェックしつつ、旧市街に戻ります。
こちら、旧ロシア領事館。

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山上大神宮。
箱舘戦争の際、桑名藩主松平定敬の御座所となりました。
この山上大神宮、かなり山の上にあります(まんまやがな)
結構きつかった…登るの…

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こんなかんじ。これはまだ中腹ぐらいです。
ドックをはじめ、函館湾が良く見えます。
箱舘は、神戸みたいに山肌に観光地があるので、どの場所からでも海が見えて癒されます。

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当時の遊郭があった場所を、手探りで探しているんだが…見つからず。
新選組が行っていた記録もあるのでどうにか見つけたかったんですが、諦めました。
函館は当時から何度も区画整理がさてて、どこに何があったかぜんぜんわかんないよ!

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旧市街の西の方は、現市街地からも離れて行くので、それほど大きな建物はありません。
普通の民家が建ち並びます。
でもどことなく漁村っぽい雰囲気が。やっぱり港町なんですよね。

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しかし、普通の民家に紛れてこういうハッとする建物があるから面白い。

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咬菜園跡。
江戸時代には各地の名花を集めた名園でした。
箱舘戦争の際、箱舘政府総裁の榎本武揚が、新政府軍が箱舘軍党閥に発ったのを知り、ここで幹部らと「今宵最後だ」と飲み明かしたそうです。
「幹部」に土方さんが入っていたかはわかりません。
どこかでいなかったと読んだことがあるんだけどどこだったかな。
でも普通に考えて、もっと超幹部クラスの会だったと思うので(旧藩主とかの)、タカノ的にはいなかった。
今は跡地になってるのが残念です。庭園見たかった…。

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己巳役海軍戦死碑。
新政府軍の戦没者慰霊墓所です。
箱舘戦争で沈没した戦艦「朝暘」の乗組員を慰霊しています。

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箱館府在住隊碑。
箱舘府在住隊とは、新政府が箱舘在住の民を募ってつくった組織です。
こちらも、朝暘の乗組員でした。

己巳役海軍戦死碑と箱館府在住隊碑は、山を登った先の小さな広場に建てられています。
あまり手入れが入っておらず、来る人も少ないようで、薄暗く、ちょっと寂しいかんじの場所でした。

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で、上の広場の先は、このように山になっており、行き止まりでした。
でもここからは箱舘山の地形が見えて興味深かったです。
新政府軍は、箱舘軍の意表をついて、この山の裏から市街に入ってきたんですよね。
いったいどんだけ険しい山なのかと思っていましたが、思ったよりなだらか。
意外に行けんじゃね…?と思ってしまいました。
しかもこの地点から見ると、丁度箱舘山の谷?というか、くぼみになっているところが見えて、下りやすそうだった。

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函館はたくさんの坂道がありますが、基本どれも函館山から函館湾に向かって並列に並んでいます。
ざーっと函館湾まで伸びた坂道は、どこも絵になる格好良さです。

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さて、旧市街地にやってきました。
夜に見てまわりましたが、昼は細部まで見ることができてまたカッコイイです。
こちらは旧公会堂。国の重要指定文化財です。

DSC00323_R.jpg
このデーハーな色合い。
函館のシンボルになるのも当然ですw
函館の坂道でも有名な基坂のてっぺんにあるため、下界wからでもよく見えます。

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旧公会堂は中の見学ができます。
さらに、貸し衣装もあって、当時のきらびやかなドレス(ベルばらみたいなモコモコした凄いドレス)を着て、このダンスホールで写真撮影ができます。
これ、超楽しそうだった…。
やってる人いたけど、どれもこれもカップルで、さすがに一人でドレス→「すみません、写真撮っていただけますか」とかできなくて…。
確か有料でプロのカメラマンもいた気がするけど、それにしても一人ではいくらタカノさんでも無理でした…。
超楽しそうだった…。
本格的コスプレ(舞台セット付き)ができる旧公会堂、オススメです。

DSC00307_R.jpg
他の部屋は、当時の部屋や暮らしが再現されています。写真OK。
イギリスアンティークが山盛り…幸せすぎる…。

DSC00325_R.jpg
旧公会堂前は公園ですが、こんな建物もあります。
書庫とのことですが、レンガ造りの建物はぁはぁ。

DSC00327_R.jpg
こちらは函館市写真歴史館。函館における写真の歴史資料が展示されています。
函館は日米和親条約で開港しただけあって、写真機が広まるのも早かったようです。
洋装土方さんの写真を撮ったカメラマンについても資料がありました。

ここ、ちょっと寄るだけと思ったんですが、思わぬ嬉しいことがありました。
実は、土方さんの足跡をたどる中で、函館にちょっとしょんぼりしていたところがあったんです。
仕方の無いことなんですが、函館は何度も何度も大火に見舞われていて、その度に区画整理が行われました。
大火の多い理由は、寒い場所なので他地域より頻繁に火を使うためだと推測できます。
ここでがっかりなのは、土方さんが箱舘にいた、その当時の道がさっぱりわからないこと。
海岸線も埋め立てられて、目測も使えません。
○○から東に~~くらい行ったところに…って資料にあっても、○○ってどこよ!当時と場所違ってるし!当時の場所から東って、道が無いし!公園だし!!と、「当時の場所」の推測がかなり難しい。
その点京都は、現在でも当時と同じ場所にあってさらに「油小路」などの道の名前もそのまま使用されているので、特定しやすかったんですよ。
函館…こんなに難しいなんて…と、かなりがっくりきてました。

ここで、司書?のお姉さんに、ダメもとで聞いてみた。(写真とはいえ歴史館なので)
「明治元年くらいの函館の地図を閲覧できるところって無いですか?図書館とか」
「あ~そうですね、ちょっと待ってくださいね」
おお、拒否られなかった!誰かに聞いてくれるんだろうか…ありがたや…。
あ、来た。?何か大きな本をかかえている…

「明治9年の地図ならありましたよ~」

な…なんだってー!!!

「コ…コピーいただけますか…?」
「いいですよ~」

おおおおネ申キタコレ!!
言ってみるもんだ…ありがとうありがとう女神様!!
拝むようにしてコピーをいただきました。
「どこまでいりますか?」
「ここと…ここと、ここと…全部お願いします」
ということで、ほぼ箱舘の全地域(明治9年版)をゲット!!
今後は、この地図と現在の地図を重ね合わせながら、当時の面影を探していきました。
本気でありがたかった。今までの何倍も深い旅になるよ…。
ありがとうございます!!

ちなみに後で調べると、明治4年と8年に大火が起こっているので、明治元年~2年と全く同じでは無いと思います。
それでも、土方さんのいた時期から10年と経っていない地図!
この旅の最大の宝物です。

DSC00332_R.jpg
箱舘奉行所跡。
明治元年に五稜郭へ移転する前はここにありました。
写真歴史館と公会堂も写ってます。

DSC00337_R.jpg
こちら旧イギリス領事館。
他の領事館より日本風。
大きな松の木が特徴的です。
イギリス国旗がはためいてます。

DSC00344_R.jpg
中に入ることもできます。
当時の様子が再現されていました。
こっちもイギリスアンティーク素敵すぎる。
こんな部屋に住みたいものだ…。

DSC00345_R.jpg
領事館の一部はレストラン(カフェ?)になっており、イギリスの雰囲気に浸りながらお茶をすることができます。
丁度お昼だったので、ここで食べることにしました。
バグパイプを持った人形がカッコイイ。

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本格的なティーセットを注文。
サンドイッチはごく普通のサンドイッチでしたwが、ケーキと紅茶が美味しかったです。
ポットには茶葉がそのまま入っており、自分でカップに注ぐ際に沪し器で沪します。
きちんと時間をはかるための砂時計まであって、本格使用でした。
ここで母へのお土産にお店で使ったのと同じ砂時計を買って帰ったんですが(お土産屋さんもあります)、カップラーメンの時間をはかるのに大活躍しているらしいw

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角度を変えて。
瓦屋根に煙突が突き出ているのがシュールw

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船魂神社。
一説には北海道最古と言われる1100年代に創建された神社。
源義経がたどり着いたとも言われています。

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この神社で有名なのが、この「弁慶の足跡」の石。
弁慶でかすぎるw

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さて教会群です。
ハリストス正教会。国の重要指定文化財。

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ロシア正教らしい建物で、特徴的ですね。
ロシア正教の伝道師が最初に日本にきたのはこの函館でした。
したがって、日本におけるロシア正教発祥の地といえます。
中の祭壇も見学することができますが、超綺麗です。
ろうそくの灯が美しい…。

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よーく見てください。
これ、午前中に外国人墓地に行ったときに思ったんですが、ロシア正教の十字架って、十字じゃなくね?
なんで??
あの上下の板はなんぞ??
ずっとひっかかってたので、司祭様?に聞いてみた。
(この方がとても人好きのする方で、観光客に一つ一つ丁寧に説明をしてくれていました。)
ロシア正教とは「正しい教え」の通り、キリストとその師徒の教えを忠実に守っています。
(カトリックは組織的にがっちりさせるためいろいろと教えを追加していった)
その一つがこの十字架。
カトリックやプロテスタントの「十字」の十字架は簡略化されたものであり、ロシア正教的には、キリストが架けられた十字架は、この形が正しいのだそうです。
そして足の方の板が右斜め上なのにも理由があります。
キリストが十字架に架けられた際、あと二人の罪人が一緒に架けられていました。
キリストの左側の罪人は、「てめー神だっつーんなら今すぐ俺を助けろよ。」
キリストの右側の罪人は、「私は私の犯した罪のためにここにいるんだから仕方が無い。イエス様、天国に行かれたときには私のことを思いだしてください」
キリストは右側の罪人に言いました。「あなたは私と一緒に天国に行くでしょう」
ざっくり言うとこんな話が聖書にはあるんですが、それをなぞらえているんだそうです。
なーるーほーどーねー!
タカノは小さい頃少しだけ教会に通わされていたw時期があって、聖書の有名どころの話は幼児向け絵本レベルで知っているんですが、あの話か!とわかって嬉しかったです。
正教会の十字架の意味もわかってすっきり。
司祭様ありがとうございました。
ちなみに「ハリストス」とは、「キリスト」のロシア正教での読み。ロシア語?なのかな。

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聖ヨハネ教会。
残念ながら、中を見学することはできませんでした。
イギリス国教会の教会です。

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ハリストス正教会との位置関係。
お隣さんすぐるw
聖ヨハネ教会のお向かいにはカトリック元町教会、近くに東本願寺もあります。
このカオスっぷりが日本らしい…。
同町内?にこれだけ異なる宗教が密集してる地域、他にあるんだろうか。

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カトリック元町教会。
こちらは中の見学が可能です。素晴らしいです。
大きさはこぢんまりですが、さすがカトリック!というかんじの重厚な礼拝堂でした。
ローマ法王から火事のお見舞いに送られた祭壇(日本ではここだけ)が美しすぎました。
とにかく重々しい雰囲気で、圧倒されます。

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ところどころにある滑り止めの砂。
たしかに凍り付く北海道の坂道の町なんて、転んでください!って言われてるようなもんだよね。
函館らしくて写真に撮ってみましたw

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東本願寺函館別院。
こちらは中に入れません。
しかし、連続して洋風建築を巡回していると、こういうお寺はなんとなく癒されるw

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有名な大三坂。
しかし有名なのはここから下手の方角だと思う。
なぜこっちを撮ったのか…。

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日本基督教団函館教会。
メソジストの教会です(プロテスタントの一派で北米でメジャー)。
本当に主な宗教大集合なかんじだな函館凄すぎる。
キリスト教はロシア正教、カトリック、プロテスタントとだいたい網羅、地域的にもロシアヨーロッパイギリスアメリカと、メインなところほぼクリアってのが凄い。

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すっかり日も暮れました。
最後の目的地は護国神社です。
が。
これこんな時間に来るんじゃなかった…。
超怖いなにこれ雰囲気ありすぎる…。

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ここには新政府軍の墓地があるんですよ…。
しかし泣きそう。
この墓地の場所がまた、神社の裏手で狭い所を通らないといけなくてね…。
怖いってレベルじゃねーぞ!
出る!絶対出る!!
お参りも早々に退散しました。

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本日の晩ご飯は函館ラーメン。
小さなラーメン屋さんでしたが、とても美味しかったです。
豚骨意外はラーメンと認めないタカノですが(笑)このラーメンは美味しかった!
函館らしく魚介ベースのスープで、そんなラーメン食べたことのないタカノはカルチャーショックをうけつつも、美味しさのあまりごくごく飲み干しました。

4日目最終日!
本日午後に飛行機に乗って帰ります。

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早朝から出発!
港街函館の朝です。
既にひと仕事終えた漁船がたくさんです。

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函館に来た日の夜に来た金森倉庫です。
明るいところだと、レンガの風合いがよくわかって違った良さがありますね。

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現在は、倉庫としては使われておらず(たぶん)、観光客のためのレストランやお土産屋さんに改装されています。

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旧函館郵便局。
現在は「はこだて明治館」というショッピングモールになっています。

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早朝の気持ちの良い空気を吸いながら(超寒いけど)朝市にたどりつきました。
函館に来たからには!海鮮をたらふく食わねば帰れんぞ!
新鮮なお魚と、きびきびと働く方々のいる朝市は、見てるだけでも活気があって楽しいです。

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食堂っぽいところに入ってみた。
お目当ては函館名物「イカのぶっかけ丼」。
新鮮なイカの手にはいる漁港ならではの食べ方で、生のイカをショウガと醤油のみでいただきます!
…という前知識だけはあったんだが。すっごく楽しみにしてたんだが。
メニューに無い。
え…と思って聞いてみると、

「あー、イカのぶっかけは真イカを使うんですけどね、真イカは夏しか獲れないんですよー」

あああああああ。
なるほど。
あああああああ。
…楽しみにしてたのに。
旬とか全然考えていなかった自分アホす…。

代わりにと、ヤケになって豪華三色丼を頼んでしまいました。イクラ・ウニ・ホタテです。
超美味しかったw
あと、お味噌汁が凄く美味しかったです。
具がワカメじゃなくて、磯ノリ?を使ってる。
クキッとした歯ごたえと、ワカメの何倍も磯の香りがして、漁港に来てるんだ!!!ってのが感じられました。

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さて、腹ごしらえ完了した後は、路面電車に乗って立待岬に向かいます。
谷地頭の駅に着いてからは、徒歩です。
道に迷うことはありませんでしたが、普通の住宅街を結構な距離歩いた気がします。

住宅街を抜けると、だんだん寂しい一本道になってきます。
途中にはかなり大きな規模の墓地があり、その一角には石川啄木のお墓もありました。
カラスがたくさんいて、このお墓に囲まれた一本道…夜来たらやばそうだと思ったw
しかしこの日は丁度お彼岸のため、墓地にお墓参りに来た人で、結構にぎやか?でした。
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着いた!
立待岬です。
人っ子一人いませんでした。
なんというか…火サスか演歌か…といった風情w
「立って待つ岬」って、待ち人が乗っている本土からの船を今か今かと待っている…なんてロマンチックな逸話でもあるのかと思ったら、「魚を捕るために立って待つ」というアイヌ語からだそうで、ちょっとガクっとしてしまいましたw魚かぁw

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この岩肌!
すごいゴツゴツしてる!
サスペンスドラマの犯人が追い詰められてそう!
九州の海はもっと穏やかめで、滋賀は湖しかないし、こんな「ドドーン!」と背景音来そうな海初めてだ!

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函館山が見えます。
あの辺から新政府軍が登ったのか?と再び妄想。
なるほど、函館山は、こちら側が急斜面なんですね。
これなら登るの厳しそうだし、予測できなかったのもわかるかも。

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真下を覗いてみる。
思ったほど高くは無いですが、落ちたら即死ですね。
自殺とかありそうだと思って帰ってから調べたら、普通に自殺の名所として有名だったw
そういえば犬の散歩してたおじさんが、こっちをもの言いたげな顔で見てたな。
女で一人旅してればそういう(こいつ一人で何やってんの?的な)視線にも慣れてしまって全然気にとめなかったんですが、もしかして「こいつ自殺するんちゃうか」と思われてたのかもしれないw
冬の早朝に女一人で海を眺めてるって、客観的に見たらかなりな光景だったかもww
あと調べたところによると、心霊スポットとしても有名だそうで。
あー、それはわかる。
ここにたどり着くまでのあの道(周囲がお墓とカラスだらけ)は雰囲気ありすぎるw

でも普通に治安も良くない場所のようで、行くときには時間や雰囲気を良く見ないとダメですね。
何もなくて良かった。

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津軽海峡・冬げ~~しき~~~
と、ずっと頭の中をリフレインしてました。ていうか歌ってたかもしれない。
この海の向こうに本州があるんだと思ったら、えらい遠くまで来てしまったと急に実感がわいて、胸がいっぱいになりました。

そもそもここに来たかったのは、以前読んだ小説で、土方さんがここに戦いの下見に来てて、その印象が強かったからなんですよ。
海を見てふとこれまでの回想をしてしまう、転戦に継ぐ転戦で、こんな北の地にまで来てしまった、そして雪が解ければ、あの水平線の向こうから抗えない運命がやってくる…みたいな。
実際ここに立って見ると、景色を見るだけで感傷的になります。
もう二度とあちら側には行けない立場ならなおさら、どれほどの切なさがこみ上げるだろう…。
と、土方さんが来た確証も無いのに妄想がシンクロしていって、目頭が…(アホか)
でも、下見に来た可能性はゼロでは無いと思うんですよね。

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市街地方面。
結構遠くに見えますね。

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さて、立待岬から山肌のハイキングコースを通り、今回の函館旅行で五稜郭と並ぶ最大の目的、碧血碑に向かいます。
思ったよりも、普通に山道だ…。
アップダウンも結構あって、普通にきついw

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黙々と歩いていると、突然分かれ道が出現します。
目印はしっかり立っているのでわかりやすい。のだが。
舗装が終わっている…こっからさらに未舗装の山道を進むのか…ゴクリ。

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こんな感じの道?が続きます。
途中、雪もまだ残っていて、絶えずぬかるんでいます。
本当にこんなところに碧血碑があるの?
新選組ファンの間では有名だと思うし、普通に観光地化されてると思ったのに…。

と、ここでネタを一つ。
写真歴史館でもらった明治9年の地図ですが、すでにこのハイキングコースらしき道がありました。
で、その地図には地域の所有者名が載ってるんですが、この碧血碑近辺の所有者が、なんと、大鳥圭介になってるんですよ。
うおおお大発見!
碧血碑が建てられたのが明治8年ですから、大鳥さんが自分の土地に建てたのか、碧血碑が建った後周辺を買い取ったのかわかりませんが、とにかく驚き、大興奮でした。

しかしウィキペディアを見てみると
>明治4年(1871年)、熊吉は函館山の土地を買い、そこに函館戦争戦死者を実行寺より改葬した。明治7年(1874年)8月18日に、明治政府が正式に賊軍の汚名を負った者の祭祀を許可すると、箱館戦争の生き残りである榎本武揚・大鳥圭介らが熊吉と協力して、明治8年5月、この碧血碑を建立した。
となっている。
この書き方だけでは改葬地=碧血碑建立の地とはわからないけど、イコールだったらどういうことなんだろう。
もしかして、熊吉は侠客(平たく言うとヤ○ザ)だったので、公的な地図の所有者を便宜上大鳥にしたとか?
それとも碧血碑建立後、大鳥に売ったのかな。でも熊吉はその後碧血碑の管理を任されていたんだし、それは無いか。
いずれにせよ謎は深まるばかりですw

この発見は自分的にかなり嬉しく(だって人様のご厚意をいただいたとはいえ、自力で手に入れた地図から全く知らなかったことを発見したんだもん)、こういうのを調べる学者っていいなあと思いました。
要するに選択学部を間違った(笑)
文学部歴史学科に今から入り直したいと本気で考えた(笑)
卒業2週間前だというのに(笑)

柳川熊吉は、侠客であり、榎本武揚と交流があったと言われています。
箱舘戦争の際、新政府軍の命令により旧幕府軍の遺体の埋葬ができずに屍累々の惨状を見て、新政府軍の命を破って遺体の埋葬を行いました。

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こちらが碧血碑です。
箱舘戦争の戦没者慰霊碑。
土方さんもここに弔われています。
碧血とは、中国の「義に殉じた者の血は、3年経つと碧になる」という故事からきています。
もう読むだけで泣けてくる…。
文字も青いですが、全体的に苔むしてちょうど青緑っぽくなっているのが、故事をそのまま実在化させたように見えます。

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全体像。
真新しい鶴が供えられていました。
周りは完全に木々が生い茂った、うっそうとした山の中です。
誰もいなくて、一人静かに手を合わせることができました。

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台座の裏手に書いてある文字は、大鳥さんが書いたものと言われています。
内容は、「例のあの件について悲しみを表明します」とかなりぼんやりしたことが書いてあり、おおっぴらに弔うことができなかった当時の状況が推測できます。

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碧血碑の近くにちょっとした休憩スペースがあります。
屋根付きのベンチに、引き出し付きのボックスが備え付けられていました。
その引き出しを空けてみると、中は記帳ノートと、情報交換ノートがありました。
この情報交換ノートが面白くて読みふけってしまったw
資料としてのちのち自分で手に入れようと思ったものや、面白い記事を片っ端から写真に撮ってきました。
写真のように、ファンが書き綴っています。
主に土方さん情報が多かったwですが、ファンの熱心さが伝わってきますね。

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土方さんに関連する切り抜きも大量にありました。
雑誌や新聞に載ったものですね。
これは壬生義士伝を読もうと思ってメモ替わりに撮ったもの。

この碧血碑は、箱舘戦争の精神的な象徴で、タカノとしても感無量でした。
雰囲気も山奥で静かで良かったし、今後も函館に行くことがあれば、必ず寄ろうと思います。

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さて、行きは山道を延々と歩きましたが、もう一つ階段ルートがあり、帰りはそっちから帰りました。
階段だとあっという間だwでもこれ登るのはキツイ気がするw
下りつつ、市街方面に向かうと函館八幡宮があります。
結構大きな神社でした。

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函館公園です。
ちょっとした乗り物や動物園がある公園。

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敷地内に歴史建築物もあります。
今は博物館として公開されています。

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前日の夜行った護国神社です。
昼間だったら怖くないよ!

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さすが護国神社、新政府軍ががっちり弔われています。
しかし、ここの墓碑を見るとかなり胸に来ます。
だいたい死んだ日、場所、享年なんかが書かれていますが、自分より下の年齢もあって…。

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さて、楽しい函館の旅も終わりに近づきました。
最後に昼の函館山に登ります。
ケーブルカーの中から。

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こちらケーブルカー。
かなりおっきいですよ。中も広々。

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さぁどうだ!!
あいにくの曇り空、地平線が霞んでいますが、かろうじて五稜郭は見えます!
大きくして見ていただきたいんですが、写真の真ん中より左側、白いタワーがにょきっとしているのがわかります。
そしてその向こうにぼんやり緑のかたまりが見える…。
あと目印は路面電車です。路面電車は五稜郭近くまでずっと真っ直ぐ通っていき、五稜郭手前で右に曲がっていくので、基本路面電車の線路の延長線上が五稜郭です。
ひっしこいて探していった結果、タカノはどの角度からでも五稜郭がわかるようになりました。
ぜひもっと晴れた日に見てみたいものです。

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ズーム!
これです!
左側、白いにょきっとしたタワーと、こんもり緑の五稜郭、わかりますか?

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ぐるっと函館湾。

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ドックが良く見えます。
夜より断然わかりやすいため、五稜郭から弁天台場の距離を目に焼き付けるのに必死でした。

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カラスがいました。
カラス多いよ函館…。
しかもこのカラスが可愛くなくて、私が寄って行っても逃げないんですよ。無視ですよ無視。
しばらく観察してたら、逆にこっちに近寄ってきた。
くるな!やめろ!それ以上…

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ぎゃああああああ!!!!
これ以上は私が逃げ出してしまいました。

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ケーブルの中。椅子とかなくて、完全に人を運ぶ箱ってかんじです。

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ハリストス正教会、聖ヨハネ教会、カトリック元町教会の位置関係。
撮ったのはケーブルの中です。

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再び路面電車に乗り、帰りたくない…と思いながらも旧市街地をあとにします。
函館空港に向かう路面電車の中、湯の川温泉で途中下車。
全部お風呂に入る時間は取れませんでしたが、足湯にチャレンジ。
すごいことに、この足湯、普通の道路の一角にあって、通行人が好き勝手入れるんですよ。お金もいらない。
朝から結構あるいてぐったりした足を温めました。
気持ち良かったです。
土方さんも、連戦の疲れを癒したりしたのかなーなんて思いながら。

無事函館を飛び立ち、羽田乗り換えで北九州に着きました。
函館は、町全体の雰囲気が凄く良く、ご飯もおいしく、土方さん的にも重要で、思わぬ感動もあり、本当に楽しい町でした。
楽しい旅をありがとう函館!!
絶対また行くよ!
とりあえず五稜郭の奉行所に行くよ!あと真イカぶっかけ丼食べるよ!それからレンタカー借りて江差行くよ!待ってろよ!!

Comment

明日旅立ちます!

まさか今になってタカノさんの函館紀行が読めるとは・・・!
当時、実は「いつUPされるかな~」っと楽しみにしつつ、京都編で疲れ果ててたようなので、もう読めないのかなっと思ってました(笑)

明日から函館に行って来るのですが、大変参考になりました!
函館市写真歴史館とか、今まで知らなかったです。
私的にすごくヨダレポインツなので、ここは予定に組み込んでおこうと思います!

>つまり。すなわち。
>土方さんは、確実に、ここ、この場所に立ち、
>この橋を渡ったことがあると、そういうことですよね!!!!!!
さすがタカノさんです!
土方さんへの想いたっぷりの旅行記、とても楽しませていただきましたし、参考になりました。

旅立つ直前にこんな素敵記事が読めるなんて。
函館旅行、楽しんできますね!
ありがとうございました!!

PS
ひとつ前の記事ですが、私もベルギー行ったんですよ(笑)グランプラス行きましたよ。そこで年越しなんて羨ましすぎですw
あと、例の「ナイフおばさん」や「ぼったくりタクシー」はベルギーでの話でしたwタカノさんには何事もなかったようなので安心しましたよ(笑)
小便小僧は確かにガッカリスポットですよねw
本当に小さいし、本当にチョロチョロって出てる感じで。
日本の公園にある小僧の方が迫力あるではないかと(笑)

またどこかに旅行に行かれるのであれば、紀行楽しみにしてますw
長々と失礼しました。

おおお遅くなりましてすみません!!タカノです!
先日はチャットにお邪魔しまして、ありがとうございました!
続々と函館レポがあがってきているのを楽しみに読んでますv

>京都編で疲れ果ててたようなので、もう読めないのかなっと思ってました(笑)
実は京都編もラスト一日残ってるんですよ・・・w
函館から帰ってきてからは引っ越し作業でパニック状態でじっくり書く時間が無かったんですが、やっぱり勢いのあるうちに書いてしまわないとダメですねw
今回函館旅行記を書けたのは完全に時野さんのおかげです。ほんの少しでも時野さんのお役に立てたらなーと思ったのがモチベーションアップになりました。逆にネタバレっぽくて遠慮した方がいいのかなといろいろ考えたんですが、お役に立てたのなら良かったです。
ありがとうございました!

>私もベルギー行ったんですよ(笑)
そうなんですか!!やっぱりロンドンからのユーロスターでしょうか?便利ですよね。
そして恐怖のナイフおばさんはベルギー人だったんですね(汗)!たしかにベルギーは治安がちょっと…ってとこがありましたね。何ごともなくて良かった…。
グランプラスは美しい広場ですよね。360度どこ見ても素敵な建物に囲まれて幸せでした。
年越しは、騒がしいのと人が多すぎなので、情緒的な意味では微妙でしたがw
小便小僧はww人だかりがなければ、絶対見逃してますwごく普通の街角ですもんねw
個人的にブリュッセルはお気に入りの都市になったので、いつか時野さんともベルギー談義してみたいですv
あと一回分の記事になりますが、気長にお待ちくださいv

コメントありがとうございました!

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